むかし、アイデンティティーを求めて - いんさいどあうと・あうとさいどいんで少しだけ十津川村のことを取り上げました。

>● 日本一大きな村、十津川村は動かしがたい事実だが、「日本一親切な村・十津川村」というキャッチフレーズの根拠を明確に説明できない自分がもどかしい。

説明できる人がいるのでしょうか?なお十津川村は県庁所在地である奈良市からとても離れているので、奈良市内に「十津川村奈良市出張所」というものがあります。

十津川村には子供の頃になんどか連れていってもらったことがあるのですが、田舎だな〜、山の中だな〜と言う程度の印象しかありませんでした。
 
 ところが、先日図書館で借りた

新装版 アームストロング砲 (講談社文庫)

新装版 アームストロング砲 (講談社文庫)

  • 作者: 司馬遼太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/12/14
  • メディア: 文庫
  • 購入: 1人 クリック: 7回
  • この商品を含むブログ (20件) を見る
を読んでいると、十津川村について書かれた部分がありました。その内容にちょっとびっくり。ただの山奥の小さな村じゃなかったのね。

「五条陣屋」と言う短編小説の中に出てくるのです。私の手元のちょっと古めの文庫本だと90〜91ページ。

 この山村は、上古には「くず」といわれた特別な種族の居住地で、村の伝説では神武天皇の東征をたすけた、といわれており、大和朝廷時代から、朝廷に事あるたびに一村武装して出るしきたりになっている。遠くは壬申の乱にも参加し、南北朝の乱にも出陣した。勤王というのはこの当時なお観念の産物であったが、十津川村のような伝統をもつ村は、天下にも類がない。

司馬遼太郎をして「天下にも類がない」と言わしめる十津川村、おそるべきです。しかし十津川村からの出陣って目的地まで遠くて大変だろうなあ・・・。ここまで歴史があるなら「親切な」ではなくて「日本一勤王な村、十津川村」と言い切ってしまってもいいと思うのですが、そう言わずに「日本一親切な村・十津川村」にしておくあたりが、この村の人の奥ゆかしさなのでしょう。

 全村、寸土の水田もなく、木樵、炭焼、狩猟で生活しており、米がとれないために豊臣時代からひきつづいて免租地になっていた。
 この村民のことを、
「十津川郷士」
 といわれる。幕府によってゆるされた制度上の郷士ではなく、俗称にすぎず、身分は百姓である。(ただし十津川村は維新の功によって明治になってから全村士族の称をあたえられた)

全村士族って、なんだかすごいです。国道が整備されるまでは、皇族はヘリコプターで十津川村を訪れたと言う話を聞いたことがありましたが、わざわざそうしてまで訪れるだけの歴史的理由があったのですね。


 五条陣屋のお話では、この後京都の朝廷から「中川宮の令旨」が十津川村に届きます。京都の宮闕守護に任じられるのですが、普通は会津、薩摩、長州、土州、芸州のような雄藩に下命される役割を「ただの百姓村」でありながら与えられると言うすごいことになってきます。そしてそれに出兵するか否かで一騒動起こり、物語が進んでいきます・・・。


 一度十津川村を自転車で走ってみようかな。輪行してもいいけど、交通機関をどうしよう・・・(笑)。


参考リンク-http://www.vill.totsukawa.nara.jp/-